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63才4ヶ月で退職しました これからの10年間は人生のご褒美 「今日も一日ありがとう」な日々を綴ります

戦争遺跡を歩く 宮島鷹ノ巣山

2025/06/07

宮島レジェンドの山友さんから
「包ヶ浦周辺の戦争遺跡を巡るトレッキング」
の案内を頂いた

最近弱った自分の脚力がどのくらいのものなのか
確認したくて参加することにした

 

明治維新後の富国強兵の時代
広島に置かれた大本営と呉の海軍鎮守府とを守るため
宮島海峡周辺の島々に防御線が張られた
具体的には大砲と機雷による攻撃装置と
その付属施設からなる

昭和に入ると防御線は豊後水道・下関海峡・紀伊水道に変更され
宮島あたりの施設は使われなくなった

この日はその場所を知っている方による案内と
軍事専門家?マニア?の方による解説を聞きながら
現存する施設跡を巡る山行だった

 

当日の天気は晴れ
8:30に港前の広場に集まった総勢16名
それぞれ自己紹介の後に歩き始めた

しょっぱなから石碑の解説や軍用道路の紹介
何度も歩いてるところからすでに遺跡であることに驚いた

それからも5分歩くと遺跡
な形で解説が続き
宮島自体が戦前は軍事施設として機能していたことを知らされた

ハイライトは包ヶ浦周辺から始まる

火薬庫跡

山越えの道から鷹ノ巣山に入り

高砲台跡

観測所跡

他にも破壊された宿舎や井戸、トイレ、指揮所など
たくさんの遺跡が残っていることに驚いた

以前もいくつか見たことはあったが
ひとつづつ丁寧な解説を聞きながら歩くと
当時の様子も脳内で再現することができ
わずかながらも戦争を実感できたと思う

 

山中で昼食とった後にはいったん入浜へ降り
また山越えの道に登り返して再度海岸へ下る

海峡を通る船にライトを当てる照射場跡

崩れ落ちた丸い砲台

海沿いに低砲台が4基設置されてたんだろう
高度成長期の海砂採取ですべて崩れ落ちている

ここまでの山中にもやはり観測所、宿舎など残っていた
終戦後米軍により破壊された痕跡も見られた

ここからまた道路を越えて登り返したところには
機雷を操作する施設も残っていた

道路沿いにはいたるところに軍の境界標が残っている
左の「防一七二」と掘られたものは陸軍のもの
右の「M」を二つ重ねた印は海軍のもの
当時陸軍・海軍は犬猿の仲だったらしく
このように二つが並んで置かれてるのは
全国にここにしかないだろう
なんて解説も伺える貴重な体験だった

そんな遺跡を巡る旅もこの辺りで終了

総歩行距離16.1km、山にいた時間9:21、累積獲得標高差登り792m

 

たくさんの遺跡を歩き廻った
少しだけでも戦争を感じれたし
当時の建築技術も見れた

そのうえで思ったことは「戦争は悪」ということ
人の命を奪い、破壊を尽くし、無駄な労役を民衆に課す
そんな戦争はやってはいけない、と感じた

 

肝心の自分の脚力だが
やはり以前よりも落ちていた
16kmを歩きとおすことはできたが
登りには皆の速度についていけず
自分だけ息が上がって遅れることになった

原因は腎機能障害からの貧血のためと思うけど
病院の先生からはこの程度では治療なしと言われてる
これからどう訓練すればいいんだろう・・・

 

もう一つ
いつもは家内と二人での山行ばかりだけど
ときにはこうやって知らない人たちと一緒に歩くのも
いい経験だと感じた
また機会があれば参加してみようと思った

 

そんな色々を感じさせられた山行でした

 

あきひこ